
NO.148

2004年 10月5日
アクセス教育情報センター
目次
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学校情報 |
学校情報 | 教育情報 | 教育情報 | その他 |
| 逗子開成 | 合同説明会
公開模試情報 |
学校選択制 | 君が代で起立
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進学塾の歴史的曲がり角 |
学校情報
逗子開成 校長に聞く
(開成タイムス 10号より)
昨年度まで副校長として本校の教育改革に取り組んでこられた横山春夫先生が、本年4月より学校長に就任されました。そこで広報部では横山新校長先生にインタビューを行い、今後の逗子開成をどのように発展させていくかについてお話を伺いました。
− 逗子開成に来られてから36年だそうですが、教員になろうと思われたきっかけは?
大学の数学科を卒業後、家業を継ぐために建築学科に再入学をして勉強をしていましたが、この時に逗子開成から教員採用の話がありました。数学の教員として子供たちと接しているうちに、だんだん熱が入り、生徒を教え育てる喜びを強く感じるようになりました。それで教員の道を選んだのです。
− ご自分では、先生はどのような先生だったと思われますか?
私は、「わかる授業・わからせる授業」をモットーに、目の前の生徒にとにかく学力をつけたいという熱意と意気込みで授業に取り組みましたから、ある意味で怖がられていたのてはないかと思います。私が新任の頃は元気な生徒がそろっていましたので厳しく指導しましたが、最初に送り出した卒業生などとは今でも交流があります。そして今では、彼らのお子さんが本校に通うようになっています。
− 印象に残っている授業は?
毎日の授業を大切にし、その一時間の授業に集中する姿勢を身につけさせることからスタートする毎日でしたので、特に印象に残るというようなものはありません。私は選抜理科クラスを受け持つことが多かったので、授業はやりやすかったと思います。ただし、理系は1クラス56名もいましたのて、机の間を歩くこともできませんでした。現在は1クラス35〜40名くらいですから、当時と比べると現在の学習環境は良くなっていると感じますね。
− 当時の生徒と今の生徒との間に、違いはありますか?
当時の生徒は元気がよく、『生きるカ』を持っていました。今の生徒たちはじつに素直で伸び伸びとしており、より自由な雰囲気をもっていると思います。一見おとなしそうに見えますが、体育祭や開成祭では自主的に企画・運営に携り、すばらしいカを発揮してくれるので、たいへん頼もしく思っています。
− 昨年創立100周年を迎え、今年は新たな100年に向けてのスタートとなります。これから逗子開成をどのような学校にしていきたいとお考えですか?
徳間元理事長が「進学校」「情操教育」「海洋教育」の3本の柱を掲げて中学を再開してから20年が経過しました。進学実績は近年相対的に伸びてはいますが、まだ進学校として充分な評価を受けるまでには至っていないと思います。今後は進学指導を最重点項目とし、生徒一人ひとりの進路を望ましい形で確保する為にも、じっくり腰をすえて全体的学力・進学実績の向上を図っていきたいと考えています。まず子供たちがより落ち着いて学習できる雰囲気をつくり、教科・学年の枠を越えて教職員が一丸となり、生徒一人ひとりの目標達成の為に必要な学力の定着を実現できる環境を整備してゆきます。
また、人間的な強さや総合的なカは、学習ばかりでなく生徒会活動やクラブ活動を通して養われるものですから、今後も諸活動の改革をさらに進め、精神的・体力的に強靭な、知・情・意のバランスのとれた生徒を育てていきたいと思います。
逗子開成に対する評価軸は進学実績だけではありません。すばらしい環境や、他校にはない「映像教育」「海洋教育」なども高く評価されてきています。そして、そうした面の良さは生かしながらも、進学実績を向上させてゆくことが強く期待されているわけです。こうしたことが実現できれぱ、逗子開成は、高田前校長が言っていたような「日本一の学校」になるのではないかと思います。
− その実現のためには、どうする必要があるとお考えですか?
教育の根本にあるのは「生徒指導の徹底」だと思います。その具体的な内容は、第一に「基本的生活習慣の確立」、第二に「学習指導の改善・充実」、第三に「進路指導の充実」です。
学習にきちんと取り組む為には、「挨拶をきちんと行う」「清掃を徹底する」「授業中の態度をきちんとする」など基本的な生活習慣ができている必要があると思います。一日一日、一時間一時間の勉強を大切にしてほしいのです。また、家庭に帰ってからの学習もきちんとやっていく心構えで頑張ってほしいと思います。私はこの「基本的姿勢」さえきちんとできていれば、学力も自然に向上していくと考えています。
− 生徒達に、どのようなことを望まれますか?
「新しい時代を開き、リーダーの努めを成す」。逗子開成学園は、生徒たちをこのような人物に育てることを教育方針としています。グローバル化する国際社会の中で活躍できる力を身につけ、将来の日本の、あるいは世界の指導者に相応しい人間性豊かな人になってほしいと思います。また、この洗練された湘南の地に学ぶわけですから、明るく爽やかな、スマートな人に育ってほしいと思います。
生徒の皆さんには、理想を高く掲げて、充実した学校生活を送る努力をするよう希望します。
− どうもありがとうございました。
http://www.zushi-kaisei.ac.jp/
明治大学付属明治 新校長インタビュー
(全私学新聞 9月23日) 校長 吉田先生
「本校創立92年の伝統にはぐくまれた校風の下で、『創造』(物事をよく考え、創りだす)、『挑戦』(好奇心を持って何事にも積極的に挑む)、『前進』(志を持って前に進む)をモットーにさらに取り組んでまいります」明治大学付属明治高等学校・中学校(東京都千代田区)の吉田善明校長は熱っぽく語る。
同校は「質実剛健」「独立自治」を建学の精神に掲げ、中学では知性・感性・体力のバランスの取れた基礎教育をしっかり行い、高校では中学で養われた基礎教育の一層の充実を図っている。グローバル社会を迎えている中で、同校が最も力を入れているのが、基礎教育の中でも語学教育と情報教育だ。英語教育はもちろん少人数で習熟度別授業を行っており、実用英語検定への挑戦も積極的に勧めている。また、情報教育の面では、特に高校「情報リテラシー」で、いろいろなソフトに触れその活用を教授している。
明治大学の直系付属校として、緊密な連絡の下に、中・高・大の一貫教育を推進しているのも特色である。卒業生の95%が同大に進学しており、大学付属の長所を最大限に生かしている。このうち、高大連携は同校の大きな特色の1つだ。@大学で開催されている「日商簿記検定3、2級講座」「情報処理技術者試験受験総合講座」に希望者が参加できるとしていること。A高校3年生を対象に2005年度から同大学単位履修認定制度が実施予定され、大学(学部)が設置した講座のうち基礎専門科目に限定されているが、自分の取りたい科目を修得し、試験に合格すると、大学入学後の履修単位として認められること。また、B同大学から教員を招き、公開講座も開設されていることなどである。
2008年、同校は東京・調布へ移転、男女共学にする。「本校の建学の精神を維持することには変わりはありません。男女生徒に早い時期から人間としての価値観を共有させ、生徒一人ひとりを大切にした教育をしたいという思いからです。現在の敷地面積の約6.5倍もある所へ移転するのですから、ゆったりとした自然環境の中で、しっかりと自主性、自律性を身につけさせる所存です。また、新校舎では、最新設備を整え先端教育を受けさせようと思っています」と、吉田校長は移転への抱負を語る。同校の歴史に新たな1ページが加わる日も近い。吉田校長は現在、明治大学法科大学院教授(憲法)も兼任しており、多忙な生活を送っている。
http://www.meiji.ac.jp/ko_chu/index.html
田園調布学園 訪問報告(04年9月28日)
新校舎の見学を兼ねて訪問。
杉本先生、稲辺先生、納谷事務長
1. 新校舎に関して
3階までは吹き抜け(中央プラザ)を4階、5階は中庭屋上庭園を囲んで回廊のように教室が配置されており、明るさが印象的な校舎。タイルと木を使った色合いが品のよい落ち着きを作り出している。
3階まで吹き抜けの中央プラザ
@ 学習空間・・机は65p×45pの特注品。天板は中国で、フレームはベトナムで作成し日本で組み立てる。イスは日本製。背中の微妙なカーブが日本の技術でないとできなかった。イスは背もたれの穴の部分が工夫されていて持ち上げやすいようになっている。
教室はその机のサイズで40名収容の大きさに作ってあるので、選択の関係で48名になると狭く感じる。その分、廊下が広くなっておりオープンスペースとして活用できる。
図書館も吹き抜けの天井になっており、外に面した大きなガラス窓とあいまって開放感がある。現在は4万冊の蔵書で2万冊が開架になっている。訪問したときは中1が調べ学習を図書館で行っていた。
通常の教室の他に12教室ができ、分割授業や選択授業が組みやすくなる。
A 交流空間・・吹き抜け部分が中央プラザになっている。学年単位の集会や催しに使われる。床は白い大理石。1Fには60席のラウンジもあり昼休みや放課後に生徒の歓談の場になっている。
情報ネットワーク・・コンピューター室、CALL室の他に、オープンスペースとしてメディアラウンジが2カ所あり生徒がいつでも目的に応じた利用ができる状態になっている。
コンピューターは本体の値段は高くても音の静かな機種を採用。作動音が大きいと数が多いのでうるさくなってしまう。
B くつろぎ・・屋上庭園にして緑化を行うととともに、生徒の憩いの場に。トイレは全てウオシュレット、ウオームレットを完備。
C その他・・環境や省エネルギーに配慮した工夫がいろいろとされている。水洗トイレの水は雨水を利用(ウオシュレット用は水道水を使用)。雨水は600トン貯められるようになっている。建物の駆体と外壁のタイルの間に隙間を作り保温効果を高めるようにしている。外装、内装に使用している14枚万のタイルは1枚1枚を駆体とピアノ線で留めている。太陽光発電のパネルを屋上に設置。3教室分の電灯を8時間くらいは持たせられる(実際は補助金がなければ設置費用のもとはとれない)。
電気は人の気配で自動的に点灯、消灯するようになっている。
各教室や各場所の電気・冷房の主電源のON・OFFも全てコンピューター管理で日時の設定ができるようになっている。
屋上庭園を造ったため、夏場でも駆体の温度が30度台で押さえられる。日光に直接当たると50度を超える温度になり、冷房効率が下がったり、駆体にひびが入ったりするのを防ぐことができる。屋上庭園の土壌部分は40p〜50p。ただし本物の土ではなく、軽量の人工土壌を使用。
タイルはイギリス製で手焼き。手焼きなのでやや高いが、日本のものと比べてそれほど変わらない。タイルとタイルの間の目地にもこだわっている。
2. 65分授業
2002年から65分5コマ授業。
やってみると違和感はない。とくに高学年はやりやすい。小テストを行っても授業時間がしっかりとれる。
生徒も馴染んでいる。行事等で短縮授業になった時は「もう終わり」という感じ。
3. 教室数の増加
これまで分割授業で行う英会話は中2だけだったが、分割授業ができるようになったため英会話を中1〜中3まで行うようになった。
中3、高1の英語・数学は到達度別授業に。2クラスを3クラスに分割、3クラスを4クラスに分割という形で、5クラスを7クラスに分けて行う。到達度別のクラス毎にテスト問題、成績の出し方が違うので、中3、高1の英語・数学の担当者は大変。到達度別クラスは定期試験毎に入れ替え。5名前後が入れ替わる。生徒には授業がわかりやすくなったと好評。
選択教室も12教室になり細かく設定できるようになる。
教室は増えたが1学年5クラス体制で行く。
現中2は入試のときの手続率がよく6クラス編成に。クラスの名称をどうするか議論があったが(い、ろ、は・・順)、結局「と組」になる。
4. 土曜プログラム
土曜日は土曜プログラムが年12回行われる。
生徒の負担は材料費等の実費のみ。
土曜プログラムの講師は卒業生や在校生保護者などがボランティアで行ってくれている(交通費のみの支給)。
先生は各プログラムのプロデューサーなので、土曜プログラムの日は全員が出勤。算数の先生が料理に関する土曜プログラムの担当になることもある。土曜日の休みは年12回。
講座は1回のものもあれば、12回のものもある。学年指定の講座もあれば学年の枠のない講座もある。生徒は実施日に1つまたは2つの講座を受講する。
実施日に誰がどの講座を受講するのかを把握しておかなければならないので教員は大変。
5. 震災対策
新校舎になり震災での心配がなくなる。
地区別に生徒の班を作る。
地区別懇談会を開き震災の時の対応を保護者とも話し合う。地区別懇談会(校内で実施)ではそれ以外に、上級生の保護者の話が下級生の保護者の参考になったりと、別の効用があった。
3日分の食料は確保している。
(調布学園だより63号より)
1. 第1回募集人数を90名に
05年度の募集要項が下の表のように決まりました。主な変更点は、第1回から第3回までの募集人数と、ベストワン入試の廃止です。募集人数は第1回90名(昨70)、第2回90名(昨100)、第3回20名(昨30)に変更します。本校では89年に2月3日入試を開始しました。それ以来多少の増減はありましたが、2月3日にもっとも多くの募集人数を割り当ててきました。その意味で、本校の入試は2月3日中心であったと言えます。今回の変更により、今までの入試の流れを2月1日重視の方向に変えていきたいと考えています。もちろん、第2回と第3回を10名ずつ減らし、第1回を20名増やすというわずかの変更ですから、応募者数や合格者数に大幅な変化が出ることはないと思います。
ベストワン入試は2月4日の第3回に02年から04年までの3年間実施してきました。これは、国算の上位10名、社理の上位5名を他教科の成績に関わらず合格にするというものでした。ほぼ30名がこのベストワン入試で合格していましたが、この30名の多くは当然ながら合計点でも上位でした(ほぼ25名は合計点でも合格)。ベストワンを目標にしていた受験生も少なくはなかったと思われますが、結果的には1教科のみ得意という受験生はほとんど合格していません。第3回の募集人数を20名に減らすこともあり、05年度からは実施しないことに決まりました。
入試科目は第1回と第3回が2教科4教科選択、第2回が4教科です。第1回の合格者の決め方は、国算の合計で合格者の70%を決め、30%を4教科合計で決めることを原則とします。また、第3回は国算の合計で50%、4教科合計で50%が原則です。その他、大きな変更はありません。詳細はインターネット等でご確認下さい。(入試広報室長 飯吉幹夫)
1回 2月1日 女子90名 2科4科 面接
2回 2月3日 女子90名 4科 面接
3回 2月4日 女子20名 2科4科 面接
帰国 2月1日 女子若干名 2科 面接(保護者同伴)
2. 2004年3月卒業生の進路(第56回生)
2004年度入試は、全国の国公立大学の約8割で5教科7科目が課せられた。そのため首都圏では、国公立大学受験を敬遠して私立大学だけを志望する受験生が多数いたということである。本校においてはほとんどの生徒がセンター試験を受験した。今年の卒業生たちは志を高く持ち、お互いに励ましあい、情報交換をし合う、仲のよい学年であった。校内で競うのではなく、高い目標に向かって刺激し合い、ともに合格しようという雰囲気があった。
国公立大学合格者数は28名(東京大学・東京外語大学・千葉大学など)で、私立大学の難関校といわれる早稲田・慶應義塾・上智大学の合格者数は延べ73名、東京理科大学の合格者数は15名であった。
また、志望実現のために遠隔地も厭わず挑戦し、親元を離れた生徒が複数いたことも特色といえるであろう。人気の高い獣医学部・歯学部・薬学部・看護・保健系学部への合格者数も多かった。
3年連続して志望者数、受験者数の多いのは早稲田大学で、04年度においても第一志望にする生徒が多く、合格者数も多かった。マーチ校と呼ばれる明治・青山学院・立教・中央・法政の各大学の志願者数は隔年現象がおこる傾向があり、年度ごとに変動が大きいのが特徴である。
全体の概況は次の表・図のとおりである。理科系には3割強の生徒が進学し、芸術系には10名進学している。捲土重来を期して励んでいる生徒たちもいるが、全体によく健闘し、希望の進路に進んだ生徒が多かった。(進路指導部長 重田恒子)
4年生大学合格者数系統別一覧
延べ合格者 文科系 社会科学系 理科系 その他
01年 520 163 211 129 17
02年 535 183 201 137 14
03年 531 189 201 132 9
04年 504 131 213 151 9
4年生大学進学者数系統別一覧
延べ進学者 文科系 社会科学系 理科系 その他
01年 188 42 84 50 12
02年 198 43 85 62 8
03年 185 43 69 55 13
04年 173 50 59 55 9
主な大学合格者の卒業生数に対する割合(%)
国公立 早慶上理 MARACH 津東日
01年 4.6 34.2 50.4 14.2
02年 7.6 34.5 59.7 18.9
03年 6.8 29.1 44.5 20.0
04年 14.0 44.0 55.5 18.0
http://www.chofu.ed.jp/
三輪田学園 教育懇談会(04年9月14日)
西校長先生
1)三輪田学園を知る経緯
入学者のアンケートによると塾で話を聞いて知ったという人が一番多い。
合同説明会等の学外での質問も「どんな学校か」「どこにあるのか」が多い。
そして、ミニ説明会や学校説明会に足を運ばれて受験を決めるという方が多い。
2)学校の選び方
数多い私学の中で学校の特徴と選ぶ基準は
@ 6年一貫カリキュラムの特徴は何か
A 建学の精神が具体化されたものは何か
B 学校の校風、学習環境はどうか
志望校を決める際に親子で相談してというケースが多くなっている。本人にも学校に足を運んでもらう方がよい。
C 卒業後の進路状況
どんな学校に進学しているか。どんな人間として育っているか。
3)三輪田学園は
三つの柱(教科指導、道徳・HR指導、特別活動・行事指導)と三つの支柱(規模、環境、交通の便)によって三つの願いを実現しようとしている。
三つの願い
・ 一人一人の学力、能力を最大限に伸ばす。
・ 人間としての総合的な力を育てる。
・ 情操豊かな人間形成をさせたい。
能力(知識力、思考力)、価値意識(善悪を判断する力、何が大事かを判断する力)、情操(安定した感情、芸術的・道徳的感情)の三つを相乗的に伸ばすことが人を育てることになる。
1. 教科指導
6年一貫教育によって
@ 内容の先取り、整理、精選を行う。
英語、数学は中3の2学期後半から高校の内容に。英語、数学は高1の内容が大事なので時間をかけている。
公立は中学と高校で授業レベルに大きな差ができてしまう。
古典、地学は中学から行う。
高3の1学期(教科によっては2学期)に履修範囲は終了。
A 中1〜高1の間は基礎・基本を徹底する。
全員同じ履修科目が必修。
04年4月から完全6日制にし、英語、数学の強化を図る。
英語は分割授業。中1後半からは習熟度別を併用。
中1〜中3の英語のリーダーは暗唱して書けるようにする。毎時間、小テストやノート提出がある。
国語は語彙力を重視している。
中1〜高2は各学年とも年10回程度の漢字テストがある。
中1〜中3対象の漢字コンクールでは同じ問題に挑戦。
中学入試でも漢字の問題が7割できる子は読解力もある。
学力のすそ野は広ければ広い方がよい。
B 高2・高3では進路に合わせた選択授業
高2は履修科目の半分が共通。
文系、理系は選択科目が変わる。選択科目は生徒の将来を保証するために少人数でも成立させる。
高3はHRクラスでの授業はない。
コース制(文系コース3、理系コース2)+選択科目+演習(入試問題演習)になる。
C 読書を組み込んだカリキュラムを持つ
中1国語の1時間は図書室で行う。
3〜4回で1冊を読み、要約、感想を書いた読書ノートを作る。年間6冊以上。
中3では社会の1時間を読書にあてる。
年間8冊以上を読みレポートを提出。小論文を書けるような問題意識を育てる。
読解力は学力の基礎。
本と向き合う時間を持つことができる。
2. 道徳の時間・HRの時間
三輪田の建学の精神を具体化するものの1つ。
中1〜中3の3年間を通して、金曜日の5時限目に道徳の時間、6時限目にホームルームの時間がある。
現代に求められる価値意識を作る。自分の生き方を模索する。
平和について・・・中3の修学旅行で広島に行く。その準備を兼ねて中1から、道徳の時間の中で、平和について学習していく。
集団生活の規律について
現代社会の問題について・・・中学生としての総合学習を行う。
進路について・・・進路指導もこの時間の中に組み込まれている。三輪田では進路指導と進学指導を分けて考えている。
進路指導・・どういう生き方をしたいのかを考える。
進学指導・・どの大学に行きたいのか。
高2の夏休みに自分史をまとめる。そこで進路に対する自分なりの展望を持つ。その時点でまだ決まらない生徒もいる。
3.生徒会活動・行事
教科教育とはべつのもう一つの人格形成の場。
学校は情操・モラルを養う場でもあり、自分の個性を伸ばす場でもある。
芸術鑑賞・・一流のものをできるだけ感性のやわらかいうちに見せて、人間としての総合力を高める。
面接週間・・年2回、担任がクラスの全員と15分間面接。さまざまな話題の中でそれぞれの生徒の個性、特徴をつかむ。生徒は自分を知ってもらうことにより安心する。
4.三つの支柱・・・学習環境をどう保証するのか
@ 規模・・1学年180名
学校の規模によってそれぞれの特徴があるが、学校は1学年150名〜180名が適正規模ではないかと思っている。
毎年クラス替えがあり、ほぼ全員と知り合うことができる。
生徒に居場所がある。お互いが近からず遠からずの間合いを保てる。
各生徒に教員の目が届く。
1学年4クラス。4人の担任と2人の副担任の6人が学年の生徒を見ている。
A 緑に恵まれている
校内だけでなく、周りにも緑が多く落ち着いた環境。
B 交通の便がよい
4)05以降の変化
制服が変わり、校舎改築が行われる。
制服・・今の制服は78年前から。ジャンバースカートで不自由との声が強くなる。
生徒のアンケートをもとに変えることに。中・高で別のデザインになる。
三輪田の制服なので、学校生活を送る上で落ち着いた雰囲気の制服が基本的な考え方。
校舎・・現校舎は築50年近くになる。
手作りの教育を行う上で、分割授業や少人数用の教室がもっと欲しい。理科実験などの特別教室も充実させたい。
プレハブ校舎や他の場所での仮校舎は避けたいので、現状の校舎を使いながら一部ずつを立て替えていく。4年かかる。
騒音対策、安全対策には充分配慮していく。今は工事の技術が進歩しているので、授業に影響が出ることはほとんどない。
5)入試に関して
05年入試要項
1回 2月1日 女子100名 2科4科 面接
2回 2月3日 女子 50名 2科4科 面接
3回 2月5日 女子 20名 2科4科 面接
帰国 1月8日 女子 若干名 作文・算数 面接
問題の形式、レベルはこれまでと同じ。
4科目受験生が増える傾向にある。
2科4科の判定方法は4科目受験生の2科目得点と4科目300点満点を200点に換算した得点の両方を2科目受験生の得点と比較する。
繰り上げ合格を出す場合は複数回受験者を優遇する。
科目毎の足切りはない。
面接は2科目受験生は2科目終了後、4科目受験生は試験終了後に昼食を食べてから実施。
保護者同伴の面接。1組3〜5分程度。日常の様子について聞かせてもらう。
受験生には2〜3問、保護者には1〜2問お聞きする。
面接は参考程度で、質問に対して普通に答えてもらえれば充分。
一言も話さない=自分の意思表示ができないとか、答えを決めてきていて質問と全然合わない答えをする場合が問題になるくらい。
私学の入試には面接はあるべきだと思っている。学校と家庭の両方で生徒を支えていくのだから。
6)04年の大学入試結果状況
卒業生163名。
国公立10名。早慶上13.5%。MARCH28.2%。
進路は多岐にわたる。年によって文系・理系の比率が変わる。文系も社会科学系が多い。
04年大学入試結果(抜粋)
東芸大 学芸大 千葉 筑波 都立 国公立計
現役 1 1 1 1 2 10
早大 慶大 上智 明治 青山 立教 中央 法政 理科大
現役 10 6 6 12 8 16 4 6 3
7)その他(質疑応答も含め)
お弁当が原則だが、パン、おにぎりの販売はある。
校舎改築によりカフェテリアができる。
保護者会が年5回。中学は5回目に授業参観も組まれている。
保護者会の他に希望者対象の三輪田教育サロンがあり、家庭教育に関して学校と保護者が懇談する場となっている。
転勤による退学後の復学は復学願いを出しておけば無条件で復学できる。いない期間が中学から高校にまたがる場合は形の上で転入試験を受けてもらう。ただし高3の2学期前までに戻ってきて欲しい。
震災対策として年1回避難訓練を行っている。
緊急帰宅の場合は同じ駅毎に10名のグループを編成。高2が班長になって集団で帰宅する。校内にとどまる用意もできている。
乾パン、水の用意はできている。
緊急避難場所として靖国神社、北の丸公園が指定されている。
説明に熱が入る西先生
8)平成17年度入試はこうなる(学校説明会資料より)
[国語]
17年度の国語の問題も例年通りで、特に傾向は変わりません。
分量………・6000字程度で、長文1題もしくは、中位の長さの文章を2題出題します。
出題内容…・漢字の読み書きを、例年通り15〜20題程度出題します。
・内容の読み取りについては、部分的な読み取りのほかに、全体の内容を問う問題もあります。
・接続詞(「しかし」「そして」など)や副詞(「まったく」「かなり」)などの空所補充問題は頻出です。
・慣用句の類は、本文に即した形で出題します。単独で出題することはありません。
対策………・漢字学習を大切にし、7割以上の正解を目指して下さい。
(全体の出来と、ある程度の相関関係があります。)
・限られた時間の中でしっかりと文脈(全体の内容)をとらえる読解力を養うために、日頃からまとまっ た文章をたくさん読んで下さい。
[算数]
平成17年度の入試も出題傾向は変わりません。
1枚目は、基礎的なレベルの問題を8〜l0題ほど出題します。
教科書の大切な事項をきちんと理解した上で、類題を何度もくりかえし練習してください。
公式を使えるようにすることももちろんですが、練習にあたり、どうして間違えたのかをそのつどよく考えることが日々の勉強では大切です。
2枚目は計算問題を3題と、応用問題を2〜3題出題します。
計算問題は計算法則をまずよく復習してください。小さなミスをしないために、毎日15分でよいですから練習してください。応用問題は、例年グラフや表を使った問題、立体、平面図形の問題などを出題しています。
問題の意味を正しく読み取り、答えを導くまでの考え方(式や図)を自分でしっかり書いていく習慣をつけてください。
[社会]
17年度も出題傾向は変わりません。地理・歴史・公民の3分野からまんぺんなく出題します。今年も「これだけは覚えておこう」という資料を配布しますので、ぜひ活用して下さい。県名や人名など漢字で書くべきものは、漢字で書けるようにしておいて下さい。グラフや資料を使った問題にも慣れておいて下さい。問題の文章は長いものが多いので、過去の問題などを使って短時間で文を読みとる練習もするとよいでしょう。時事問題も出されることがありますので、日頃からニュースを見るなど、社会の動きにも気を配って下さい。
[理科]
17年度も物理・化学・生物・地学の各分野からそれぞれ1題以上出題します。昨年と同様、4つの分野にわたる基本的な事項、身のまわりの自然現象や観察および実験を中心に、全部で5題出題する予定です。教科書はもちろんのこと、科学的な事象に関する新聞やニュースなどからの出題もあります。また、基本的な計算問題を毎回出題します。小学校の教科書にある図や写真なども、それが何を意味しているのかを考えたり、日頃から計算問題を練習して、正確に計算する力を身につけることが必要です。
http://www.miwada.ac.jp/
佐久長聖 05年入試要項
東京会場 1月10日 4科
本校会場 1月22日 4科、作文
東京会場は新宿(工学院大学新宿キャンパス)と品川(高輪プリンスホテル)の2ヶ所。
東京会場、本校会場とも手続は2月5日まで。
学校説明会
10月13日(水) 10:30〜 品川高輪プリンスホテル・クラウンルーム
体験入学
11月28日(日) 9:00〜 学校にて
学校見学は事前に連絡すれば随時可
04年大学入試結果(一貫四期生)
東大 京都 一橋 東工大 東北 北大 信州 国公立計
総数 3 1 1 1 3 1 2 63
現役 2 1 1 0 2 0 2 50
早大 慶大 上智 明治 青山 立教 中央 法政 理科大
総数 11 12 5 9 6 2 10 5 11
現役 8 8 3 5 5 1 7 5 10
卒業生94名に対する東大、早慶上への現役合格者数の割合(A率)は22.3%。MARCHへの割合(B率)は24.5%。昨年のA率は17.0%、B率は25.0%。
卒業生に占める国公立の合格者数の割合が53.2%と高いのが特長的。
http://www.chosei-sj.ac.jp/
合同説明会
全国寮制学校合同説明会
横浜会場 11月25日(木) 13:00〜16:00
横浜エクセルホテル東急3F(JR横浜駅西口徒歩1分)
東京会場 11月26日(金) 13:00〜17:00
東京ガーデンパレス(JRお茶の水駅西口徒歩5分)
参加校 立命館慶祥、函館白百合、北嶺中高、仙台育英秀光中等教育学校、那須海城、暁星国際、麗澤中高、茗渓学園、佐久長聖、静岡聖光学院、西大和学園、立命館宇治、土佐塾中高、他
公開模試情報
四谷大塚9月 合不合判定テスト(9月26日実施)
前年比7.5%の増加。男子の7.2%の増加に対して、女子は7.8%の増加。
首都圏だけでは6.6%の増加。
04年 03年 02年 01年 00年
男子 4科 8462 7817 7108 6460 6623
2科 430 476 623 612 738
女子 4科 6338 5617 4978 4161 4138
2科 955 1146 1405 1717 2038
合計
16185 15056 14114 12950 13537
首都圏 14123 13253 12539 11482 11974
9月三模試合計
三模試合計で前年比2.2%の増加。男子の0.9%増に対して、女子は3.2%増。
7月の三模試合計は前年比3.4%の増加だった。
04年 03年 02年 01年 00年
男子 4科 21737 20940 19138 17728 16950
2科 1681 2259 2369 2437 2729
女子 4科 17728 16343 14441 12391 11542
2科 4333 5029 5807 6756 7701
合計
45479 44571 41755 39312 39122
教育情報
学校選択制 横須賀市、桜台中の統合容認
22日の横須賀市議会の教育経済常任委員会で、同市立桜台中(小幡良夫校長)の統合見直しを求める陳情が討議され、審理終了となった。このため「07年度に坂本中と統合」との市教委方針に事実上のゴーサイン≠ェ出た。市教委は今後10月に統合を正式決定し、12月10日に中学選択制の希望調査にかかる予定だ。委員会を傍聴した陳情者の南将美・桜台中PTA会長は「残念だ。統合ありきの市教委の方針に、もっと時間をかけて地元の意見を聞いてほしいとの願いだったのだが」と話した。
討議は約2時間。同中OBの上地克明議員(新政よこすか)らが「事前に住民に知らせず、統合ありきの市教委の手法は、プロセスに問題があった」と指摘した。市教委側は「1,2年生とも1クラスの事態になり、来年はクラス替えも出来ない小規模化になってします。学校規模の適正化のため、統合は避けられない。保護者とは緊急性の認識に隔たりがある」と説明した。討議の結果、陳情に賛成は1人で、このまま審理を終わらせることに決まった。藤原尉夫教育長は「プロセスの指摘は謙虚に反省するが、統合問題には最大限努力する」と答えた。見直しの署名7302人分を出した南会長は「小規模校のリスクを知りながら桜台中を選ぶ子供たちに、どのような教育環境が整えられるのか。坂本中の保護者とも話し合いを持ちたい」と運動の継続を模索した。
=学校選択制の衣の下の鎧が早くも現れてきた。=
教員公募制 東京都教委、杉並区に待った
(産経新聞 9月26日)
小中学校長が求める教員像を公表し、その学校への異動を希望した教員を校長が選考する制度導入を表明した東京都杉並区教育委員会に対し、人事権を持つ都教委が「校長の権限を越えている」との見解を伝え事実上修正を求めたことが26日、分かった。区教委は困惑し対応を協議する。
区教委の制度は、校長が「算数教育の研究を進めるため実績のある人」といった教員像をホームページで公表し、賛同した教員は異動希望先の学校に志願書を提出する。
校長は書類選考のほか、必要に応じて面接し、求めている人材かどうか判断。区教委は校長の意見を基に教員配置案を作成し、都教委に提出する。「この指とまれ方式」と名付け、来年4月の定期異動に向けて10月から実施する予定。
これに対し都教委は24日、杉並区教委の担当者を呼び「人事が校長段階で決まるように誤解される恐れがある。恣意(しい)的な人事との不信感を招きかねない」と指摘。教員が希望先に志願書を出す点も含め「異動手続きを定めた都の要綱に反する」とした。
区教委は「都の要綱や区教委の権限の範囲内で仕組みを考えたつもりだ」としている。
文部科学省によると、公立学校教員の任命権は、都道府県教委と政令指定都市にあり、任命権のない自治体が教員公募制を導入するのは異例。
47×64正答率アップ 長野県・小4の学力実態調査
(EduMail 9月24日)
長野県内の小学4年生の「47×64」の正答率が昨年度の約40%から約10%上がったことが、県教育委員会が今年度実施した学力実態調査の結果で分かった。県教委教学指導課は「ドリル学習の実施など、各小中学校での重点的な取り組みが功を奏したのでは」と見ている。
学力実態調査は、県内の小・中・高の生徒の基礎学力の定着状況を調べるために本来3年に1回実施されるものだが、昨年度に小学4年生で「47×64」の正答率が極端に低下したことなどから今年度も実施した。昨年の結果を受け、独自に計算力アップに取り組むなどした県内48小学校で調査したところ「47×64」の2ケタ同士の掛け算の正答率は昨年度39・9%だったのに対し49・3%に上がった。ただ2000年度の66・2%の水準には及ばなかった。
他の項目についても、同課は「少しずつ学力は回復傾向にある」と総括したが、「02年度に導入された新学習指導要領で、授業時間が減った影響はまだある。今後さらに習熟度別の少人数指導などさまざまな対応をしていく必要がある」としている。
=同じ問題をやらせる重点的な取り組みが功を奏しただけではないのだろうか
都立高一芸入試 32校に拡大、前年度の倍以上に
(EduMail 9月15日)
東京都教育庁はこのほど、来年度の都立高入試の実施要項を発表した。2年目を迎える文化・スポーツ等特別推薦(一芸入試)は、前年度の15校から32校に拡大する。特別推薦を新たに始めるのは、美原(大森地区)、大泉桜(練馬地区)、翔陽(八王子地区)、若葉総合(稲城地区)の新設校を含む17校。美原では、都立高で初めて、「情報」に秀でた生徒を求めて特別推薦を実施する。「アプリケーションソフトを使って学級新聞を作れる者」が対象で、授業でもクラスメートへの支援を期待している。このほか、大泉桜は「美術」分野への進学を望む生徒を対象とし、面接時には「自己PRタイム」を設ける。篠崎は「和太鼓演奏の経験を有し、舞台発表の経験がある者」を募集する。
主要3教科の入試問題を独自に作成するのは、今春の10校に白鴎、両国を加えた計12校。港区にチャレンジスクールとして新設する六本木は、学力試験なしで調査書(内申書)も必要とせず、面接と作文で入学者を選抜する。
センター試験1 リスニング試行テストを実施
(毎日新聞 9月26日)
大学入試センター試験は2006年度の試験から英語のリスニングテストを実施する。大学入試センターはリスニング試験実施の参考にするため、26日、全国の506大学で試行テストを実施、約4万人の高校2年生が受験した。沖縄地方では台風の影響で6大学が試験を中止した。
東京工業大学会場では56人が受験した。受験生1人1人に試験専用のICプレーヤー、ヘッドフォン、メモリが配られ、ヘッドフォンで英語を聞き、回答をマークシートに記入する。午後2時20分から、リスニングテストが始まった。携帯電話の電源オフの確認や注意事項の説明の後、問題冊子、解答用紙、リスニングの機器が配布された。その後、「受験の手引き」という機器の操作説明書に添って、1つ1つ操作手順が指示され、受験生は指示に従って、電源を入れたり、ヘッドフォンを装着したり、メモリを差し込んだり、操作を進めた。機器は試験用につくられ、オン、オフのスイッチや逆戻りする機能はなく、手順通りに進めなければならない。音声が聞き取れることを確認した後、試験が始まった。すべての説明、操作が終わるまで30分を超えた。
試験は30分で、試験修了後、リスニング試験の実施状況についてのアンケートを実施した。
受験した東京都内の私立高校2年生男子は「音はきれいで雑音もなく、十分聞き取れた。予想していたよりよかった。問題はやさしかった。センター試験は必ず受けるので、リスニングがどんなものか体験しておきたかった」と話した。別の私立高校2年生男子は「市販の英語のCD教材の音よりは少し落ちるが、予想していたより良い音だった。音量も少し小さめにするくらいで、よく聞き取れた。でも、周りの受験生の音が聞こえたのがちょっと困った。スタートが人によって少しずれるので、こちらが無音の時に、ほかの人の問題が聞こえたりして気になった」と話した。他の受験生も「ほかの人の音が聞こえるの。答えを記入しようとしている時に、ほかの人の問題が聞こえてくると、一瞬戸惑う。ヘッドフォンよりイヤフォンの方がいいのでは」と話していた。
同センターでは、試行テストの結果を見て、ヘッドフォンにするかイヤフォンにするかや、機器の配布方法、操作指示の方法などについて検討し、なるべく早い時期に試験方法を決定したいとしている。
君が代で起立 生徒に指導を、都立高2校長が職務命令
(朝日新聞 9月27日)
10月2日に創立記念式典などを行う都立高校2校の校長がそれぞれ全教員に対し、「日の丸・君が代」に関して「学習指導要領に基づき、適正に生徒を指導する」よう求める職務命令を出したことが分かった。生徒への指導について命令するのは異例。都高校教職員組合は「生徒の内心に立ち入るもので、認められない」と反発している。校長が職務命令を出したのは、創立80周年記念式典を行う深川高校(江東区)と、今春の開校を祝う式典を開く千早高校(豊島区)。いずれも全教員に、君が代斉唱時に「起立」を求めるとともに、生徒に対しても「適正に指導」するよう命令した。事実上、生徒に対して起立などを指導するよう求めたことになる。
横山洋吉・都教育長は6月の都議会で、生徒指導を求める職務命令を出す考えを明らかにした。都教委によると、今月7日の校長連絡会で各校長に要請したという。
関連記事
君が代指導結果(毎日新聞 10月3日)
学校行事での「君が代」斉唱を巡り、「適正な生徒指導」をするよう校長が教職員に職務命令を出した東京都立高2校で2日、創立や開校の記念式典が開かれた。斉唱時に多くの生徒が起立しなかった場合には教職員が懲戒処分の対象となる異例の職務命令として注目され、市民グループが会場外でチラシを配る場面もあったが、大きな混乱はなかった。職務命令を出したのは、4月に新設された千早高(豊島区)と、創立80周年を迎えた深川高(江東区)。ともに式典は非公開で、千早高では「生徒は普通に起立して斉唱し、着席したままの者は一人もいなかった」(副校長)という。深川高では、「君が代」のピアノ伴奏をする教員が「体調不良」で欠席し、代わりにCDが流されたが、「式典は整然と進み、粛々と終わった」という。3年の女子生徒の一人は「周りを見て座っている人が多かったら座ろうと思っていたが、みんなが立ったので自分も立った」と話した。
職務命令は都教委の要請で出された。
反日的分子発言の抗議 広島県教委が調査を指示
(毎日新聞 9月25日)
広島選挙区選出の柏村武昭参院議員(自民)が今年4月、イラクで人質になった日本人を指して「反日的分子」と発言した問題で、広島県教育委員会が、同議員の事務所へ勤務時間中に抗議文をファクス送信した教員がいるとして、県立高校など約80校の校長に指示して調査させていたことが24日、分かった。抗議が殺到した柏村議員の事務所が、文部科学省や県教委に調査を求めたのを受けたものだが、教員の思想や言論の調査にもつながりかねず、論議を呼びそうだ。
同議員は4月26日の参院決算委員会の中で、人質になった平和活動家ら3人について「反日的分子のために数十億円もの血税を用いることに強烈な違和感、不快感を持たざるを得ない」と発言。直後から、東京にある同議員の事務所には、ファクスや電子メール、はがきなどの抗議が相次ぎ、約3000件に達したという。このうちの一部について事務所は、「教員が勤務中にファクス送信しているのではないか」として文科省や県教委に調査を依頼、届いたファクスも渡した。事務所は理由について「批判は受け止めるが、(職務専念義務違反の)問題があると考えた」と話している。
これを受け、県教委は5月下旬、抗議文から送信が疑われた約80校の校長に、勤務時間中のファクス使用状況や教員らが抗議文を送っていないかを調べるよう通知し、ファクスの送信履歴の調査も指示。しかし、抗議文に個人名の記載がなく、勤務時間に送信した記録はあっても、発信者の特定はできなかった。
同県教委の田中聡明・教職員課長は「違反の恐れがあるとの情報を受け事実把握の調査をした。たとえ1分でも職務義務違反にあたる」と説明。調査を受けた県立高校の男性教員は「憲法が保障する思想や良心、言論の自由はどこにあるのか。ファクスを送ることが教務に影響するものではない」と反発している。
東京大大学院の高橋哲哉教授(哲学)の話 教員側にもまずい点はあったと思うが、政治的圧力を受けての調査など論外。県教委側には、教育基本法改正の動きの中で抗議をしにくくし、萎縮(いしゅく)させる目的もあったのではないか。
センター試験2 出願受付始まる 過去最多の563大学参加
(朝日新聞 10月4日)
05年度大学入試センター試験の出願受け付けが4日、始まった。期間は15日まで(同日の消印有効)。試験は来年1月15、16両日に実施される。東京都目黒区の同センターの職員は、郵送されてきた出願書類の整理・点検作業に追われた。
センター試験を利用する大学は過去最多の563大学となる。04年度から利用を始めた短大は、15校増えて112校。04年度の志願者数は58万7350人だった。
試験後の主な日程は、平均点の中間発表=来年1月19日(予定)▽得点調整実施の有無の発表=同月21日(同)▽追試験=同月22日、23日▽平均点の最終発表=2月3日(予定)。
その他
《連載2回》
進学塾の歴史的曲がり角 〜日能研と私の「罪と罰」〜
海風荘主人 三渕衡一 (元日能研取締役・前センター通信社代表)
4 渋谷→吉祥寺(1980年前後)
「東京進出」がうまく行かず焦っていた日能研は、これまでとはちょっとちがう姿勢(つまり教務中心)で渋谷に再進出した。会長は国語科を信用せず、「国語はお前がやれ」という。私の字の汚さは社内中で有名だったから彼もヤケッパチだったのだろう。「どうする?」というから「字の汚さもさることながら、私は漢字の筆順がデタラメです」と言った。「まあ、いいよ」という。「漢字を板書する時は生徒に背を向けて隠しごまかします」というと、「それでやれ」ということだった。ところが「山県」というペンネームで実際に授業に入ると、私は「ひらがな」の書き順のミスを連発した。生徒・父母からの抗議が集中し、数か月で私は「降板」した。
渋谷校の入室生の多数は四谷大塚の「準会員」になれなかった生徒だった。私は父母に「上位校狙い」を厳禁し「最高の挑戦目標」として芝・明大明治・頌栄の3校を明示した。結果としては3校それぞれ6〜7人合格した。合格率は70%〜80%という高率だった。これで渋谷区・港区・目黒区の父母の信頼を得た。何しろ四谷生は「正会員」がこの3校にバタバタ落ちていたからである。2人例外がいて、1人は駒東、もう1人は女子学院をどうしても受けたいという。
「落ちるでしょうなあ。落ちても日能研を恨みませんね」
「恨みません。自分を責めます」
「だったらOK!がんばりましょう」
ところがこの2人が合格してしまったのである。これでハズミがつき翌年は麻布や桜蔭にも合格した。
吉祥寺校は日能研にとって三多摩への初の進出だった。会長にとって最大の問題はそこが「革新の砦」だということだった。たしかに神奈川も「革新の砦」だが、むこうの父母の方が知的レベルが高い(と会長は考えた)。それで「文化人の講演会」などをしたが全くウケない。開き直った会長は自己をむき出しの「金もうけ主義者」として打ち出した。私がそれをフォローして「上品」に教務のことを喋る。こんなラクな父母会はなかった。言いにくいこと(金がからむこと)は全部会長が喋ってくれるのだから。私は上品ぶっていればよい。これが大いにウケた。生徒がザクザク入室して来て、しかも学力レベルが高い。父母会のあとの(飲み屋での)総括会議で地元の教室責任者(K氏)が会長の話を「ちょっと下品すぎるからもう少し押さえてほしい」といった。会長は激高しとびかかってボコボコに殴りつけた。「お前なんかにオレの苦労がわかるか!」と叫んでいた。
この吉祥寺校で私(教務部長)は大失敗をした。トップ(関西本部もふくむ)の意向に沿って浜学園のやり方を真似、「演練システム」なるものをこの新設校で試行したのである。このシステムは要するに授業内に小テストをとりこむことがポイントだった。しかし浜学園は毎週のカリキュラムテストをやっておらず、授業前のテストで前週の内容を問う。日能研は日曜テストをしているからテストが二重になる。しかも授業の直後にやるからテスト内容は「基本」にとどまる。授業も時間が短くなるから「基本」のみとなる。それでもこのシステムを強行したのは、その直前に「月謝値下げ=教務手抜き」路線を実施して大成功していたからである。「週3回1万3千円」の月謝は塾生数を30%以上ふやし、トップ校合格者も「手抜き」にもかかわらず10%増えた。それがうまく行ったのは生徒が自宅学習をよくやったのとその目標として日曜テストのレベルを上げたからだった。そのかわり「落ちこぼれ」がすごく増えた。「演練システム」はその突破口だった(だからこのシステムは生徒の「学力低下」がはげしくなった今日、大手塾で参考にされてよい)。
教務現場の不満が爆発した。私は「トップが決めたからやれ」というのがイヤなので「これは私が考えてトップの了解をえた」といった。怒りと憎しみは私に集中した。会長と専務(いまの代表)のもとへ私への弾劾が集中した。おまけに私は大失言した。このシステムでは最終的に「学生アルバイトでも授業が出来る」ようになる。それを私はテキスト作成の指示書に明示してしまった。これは教務専任の「賃下げ→クビ切り」につながる。怒りは労働組合(日能研に労組はない)的なものとなり、暴力的雰囲気が増した。私のシンパ(主に社会科)は「いじめ」にあい孤立した。やむなく会長はこのシステムを1か月くらいで中止した(私は「ヤバイことを自ら泥をかぶり、責任が私〈会長〉に及ぶのを避けてくれた」とほめられた)。いずれにせよ、この「大騒動」は直後の「受験全解」作成の重大なバネとなった。「演練システム」に最も強く反対した理科が「全解」作成の最先頭に立ったのである。
吉祥寺校の4科は「エース級」のベテラン専任で固めた。国語だけ若手を起用したが、その若手が「時間講師」の1人を「すごい」と推薦してきた。明治大学の助手(のちすぐ助教授)の「フランス・パパ」さん(仏文学専攻)。(私は何回か彼と話をするために吉祥寺に行き、フランスの小4の教科書を見せてもらって解説を受けたりした。のちの私の「国語記述対策」ネタ元はほとんどがその時の討論である)。
こうなりゃ他塾に負けるわけがない。吉祥寺校は初年度から開成・桜蔭等にバンバン合格した。桐朋は「聖光・浅野より易しい」というのが実感だった。
5 津田沼戦争(1983年)
津田沼教室開校では、日能研は千葉の地元の塾に対してはじめから「喧嘩腰」だった。すでに渋谷と吉祥寺である程度「勝利」していたのに、会長は正面から四谷大塚(東京)を攻めず、四谷の弱点だった千葉を攻めることにした。しかもその戦略は地元の中小塾の生徒を横取りすることに置かれた。春のはじめに新設校のロケーションがはじまったが、会長の条件は「@総武線の沿線であること(横浜から応援を出しやすい)A駅の前に塾の看板が沢山見られること(その生徒を横取りする)」の2つ。すぐに津田沼と決まった。
ただちに「紙爆弾」。沿線ほとんど全戸(三紙)に日能研新聞「能(あたうる)」号外(タブロイド2ページ)を折り込み。大見出しは「他塾は何をしてきたのか?千葉県の中学入試の低迷を憂う」。私は千葉の塾の大半が中学受験と高校受験を両方やっていることに目をつけ、その弱点を叩きまくり「日能研=中学受験専門塾」と押し出した。「県千葉が何だ?県船橋が何だ?」(あのころはこの両校はまだ大変にすばらしかった)「千葉の塾はあと3年間月謝がとりたいから、小学生を中学入試で本気で合格させようとしていないのではないか?」という調子。たちまち業界は騒然。駅の近くに狭い仮事務所を借り、半分を教室にして無料授業・無料テスト。最初の無料テストは雨で受験生(6年生)わずか6人。会長(100分)と私(50分)の2人で狭い所で父母に噛みつかんばかりに喋った。ただちに5人入室。広い教室(現津田沼校)を借りたが内装工事で7月末まで使えない。やむなく千葉工大を借り、連続無料テストと父母会。これには4・5年生を含めてドッと大量参加。結局2か月足らずで、7月20日までの本授業開始までに6・5年生それぞれ100人以上入室した。教室が大きいので各学年1クラス50人以上の2クラス編成。
夏期講習の授業は全て本部専任が担当。「全解」執筆中のエース級までフル動員。私は「A組・B組」のローテンションを組んだ。A組は津田沼で1日3回(7時間半)の授業をやると翌日は新横浜の本部勤務。それをB組がうめる。実際にはほとんどみんな授業が終わると津田沼で酒盛りし(費用は教室長のM氏が払っていたから特別予算が組まれていたようだ)深夜帰宅かM氏のアパートで雑魚寝。泊まったグループは翌日は津田沼校でタイムカードを押し、それから電車を乗り継いで昼過ぎに本部に顔を出していた。それでもハードな毎日だった。幸い「過労死」は出ずにすんだ。しかし国語のMさんは先日突然死している(20年後)。算数のNさんは心臓を痛め、日能研退職後の今はアルバイトで週2回の授業しかしていない。私も日能研退職後10年でアルコール依存症となり、小脳をやられて運動機能の一部不全となった。この戦争を最前線で戦った兵隊たちでまだ日能研で生き延びている人が何人かいるが、彼らはのちの高木幹夫代表によって、その「自由闊達」な個性が嫌われて、教務や運営の本流から外され、「閑職」についた。ベースダウンにはなったが、それが幸いしているのである。
津田沼校での授業内容は無茶苦茶だった。普通は2年(24か月)かけるところを6年生は7か月で合格させなければならない。そのやり方は一人一人の専任に「丸投げ」。他の日能研諸校と同一のカリキュラム・テキストなどほとんど誰もやらず、会長もそれを「当然」と言っていた。特異なのは月謝を大幅にダウンしたから「私立中非受験=公立中進学志望」の生徒が(6年生)約110名中45名くらいいたことだ。要するに「補習塾」代わりである。これは秋になってわかった。こちらは素知らぬ振りをしてあくまで彼らを「受験生」として扱い、「そんなことじゃ合格しねえぞ!」とか怒鳴りながら授業を続けた。彼らは真剣に食らいつき、偏差値50(これは高校入試の偏差値では60〜65である)を超える生徒も何人か出た。もしかしたら公立中(例えば船橋第4中)でも「入試」があると勘違いをしていたのかもしれない。11月になって一人の母親が菓子折を持って「お礼」に来た。2学期に入って、小学校での成績がグングン伸び、学年のトップクラスに躍り出たので担任も仰天しているという。「これで公立中に行ってもやっていく自信が出来ました」というのが「お礼」の趣旨だった。こちらも驚いて専任に授業の前後に「45人」にそれとなくあたってもらったら同じような「小学校での躍進組」がゾロゾロいた。これで自信を持った。
当時の日能研は千葉の私立中についてデータをロクロク持っていなかった。しかし、この事実をもとに地元の私立中については極端に「強気」に大量に受けさせることに決めた。現場の専任は「地元の生徒なら、日能研偏差値の5ポイント下でも楽勝」という。私は調子に乗って父母会で「1月中入試校は合格しても入学金等は払う必要はない。東京の学校を『全滅』してから2月中旬に地元の学校に行き、『すみません、払い込み期限を1か月間違えてました』と言いなさい。絶対に入学させてくれる」とアジった。若干の根拠のある主張だったが、親は全く信用してくれなかったようだ。実際に合格すると、親は嬉しそうにジャンジャン払い込んでいた。ガッカリした。(今では市川も東邦大東邦も2月に「2回目入試」をやるから、この芸当は通用しない)。
最終的には「65人」の受験で「開成3、麻布3、女子学院1」等の圧勝だった。巣鴨も5人くらい進学したが、そのうち確か3人は6年後に東大に現役合格した。「7か月」で巣鴨に合格したのだから、もともと頭がよいだのろう。3月になって父母の一人がKG学院の塾内誌を持ってきてくれた。お兄ちゃんが高校受験でそちらに通っていたのである。見ると日能研の津田沼での勝利を「すごい」と賛美している。これが一番うれしかった。「敵」に誉められるなんて最高じゃないか!私はそのコピーを日能研の全教室に配布した。
「勝因」は要するに「現場の力」である。教務は「渋谷→吉祥寺」での勝利(特に「演練システム」を粉砕したこと)で自信満々だった。そこへ「受験全解」の作成が始まったから、83年の入試問題は広範に徹底的に分析していた。直接の担当責任者は各教科2人だったが、80年〜82年の全国の中学入試問題の分野・単元別の分類は全員がやった。「電話帳」を全部コピーし、1問1問切り取って学校名と年度を記して分類袋(大型の茶封筒)に投げ込んでいく。2分野以上の融合問題(例えば「速さと図形の融合」)は新しい分類袋を作ったが、すぐに一杯になった。出来上がった分類袋の大小を見れば、カリキュラムの大筋はすぐに出来た。つまり重要なことは、当時の津田沼校の専任はどの他塾の教務より入試問題を広く見ていた(特に関西・西日本の私立中の問題が重要だった)。しかも彼らは「全解カリキュラム」の大筋をすでに一人一人つくりあげ身につけていた。一見どんなに「デタラメ」に見えようが、その教え方は非常に系統的だった。
運営(営業)現場責任者のM室長はビシリと服装を決めた紳士で、父母との個別面談で苦情を粘り強く聞いた。しかも彼はある私大のボクシング部出身で、真剣になると3分間くらい瞬きをしないから、見る人が見ればすぐに「ただものではない」とわかった。だから彼は他塾の玄関前でのビラ入れに1人で行き、5〜6人に取り囲まれても平然としていた。しかし「敵」のM学院が右翼暴力団とつながりがあることが知られていたので、そのテロを警戒し、専任が飲み屋で飲む時はバッジを外させ、他塾名は「I」とか「M」とか暗号で喋るように厳命した。自塾名は「N」である。教室帳をはじめ津田沼校の職員の住所は会社の職員名簿で白紙にした。我々が深酒をして彼のアパートで「雑魚寝」をする時も、彼の車でいったんは郊外に出て、そこでブットバシて「尾行」をまいた。この警戒は正しかった。「敵」は津田沼で何も出来ず、横浜の会長の自宅を狙った、ただしテロはせず、三流写真週刊誌と組んで盗撮し、「全国最大の悪徳塾業者」「子どもを食い物にする吸血鬼」とデカデカと報じた。
M室長は津田沼校の運営については「部長」等の幹部を飛びこして、会長と2人だけで打合せしていたようだ。そのために週1回くらい新横浜に行っていた。そのうちに会長は専任たちが毎晩「チューハイ」で盛り上がっていることを聞きつけ、津田沼での酒宴に自分も参加すると言い出した。慌てた幹部が船橋のホテルで酒宴を開いて彼をもてなした。これは津田沼の飲み屋と雰囲気がちがう。会長がかわいそうだった。彼は「吉祥寺戦争」の時も(有名な)「伊勢屋」を愛し、そこの「○○サワー」とかが敗戦直後の「カストリ」や「バクダン」を薄めたものだとすぐ見破り、「メチルアルコールの見分け方」を我々にトクトクと講釈していた。しかし船橋のホテルでは体が急に衰えて(その死は8か月後)元気がなかった。
「勝利」のあと津田沼校は、その担当専任の主力を83年夏に採用したメンバーにガラリと入れ替えた。親からは「冷たい」とか「エゲツナイ」とか言われた。しかし新戦力は(時間講師も含めて)非常に優秀な人が多く、その後津田沼校は大発展した。
毎日、私たちの家には新聞が届きます。この新聞について調べてみました。
まず、昔の新聞と現代の新聞を見比べてみました。明治時代の新聞はふつう2色刷でしたが、今私たちが毎日目にする新聞は、ところどころカラー印刷が施され、写真もカラーで載るようになりました。しかもaある取材道具の登場により、最新の写真は新聞社のそばで撮影したものだけでなく、海外のものまで掲載されているのです。フィルムを持ち帰り現像していた手間がはぶけただけでなく、電話や衛星の利用でその場からすぐに写真を新聞社に送れるようになりました。また、b新聞に使われている文字もいろいろな工夫がなされていることに気づきました。ある新聞では、第2次世界大戦後のものは1段の文字数が15字であるのに対し、1981年には14字に減らし、現在はさらに少なく11字になっています。このように新聞の変化は、社会の移り変わりや要求をしめしています。
それでは、新聞を読んでみましょう。新聞の最初のページはその日の大事なニュースが載るページです。見出しが目立ち、読者を誘います。c新聞の名前の脇に、数字が印刷されています。「12版」「13版」「14版」と新聞によって違いがありました。よく調べてみると、「12版」は茨城県、栃木県、群馬県、「13版」は神奈川県、埼玉県、千葉県、「14版」は東京都のものでした。(一部地域や緊急時は異なります。)新聞社の所在地も書いてあります。この新聞は東京都千代田区にある新聞社が発行したものです。また、新聞社のホームページのアドレスまで載っていました。
問1 下線部aの名称をカタカナで答えなさい。
問2 下線部bの理由を10字程度で答えなさい。
問3 下線部cを参考に、東京都で配られる新聞の版数(例14版)の数字が最も大きい理由について30字程度で答えなさい。
(04年 渋谷教育学園幕張中 抜粋)
入試問題に挑戦第127回解答編
<問題>
次の五十音図をよく見て、問いに答えなさい。
| ん | E | ら | @ | ま | は | な | た | さ | か | あ |
| F | り | A | み | ひ | に | ち | し | き | い | |
| G | る | B | む | ふ | ぬ | つ | す | く | う | |
| H | れ | C | め | へ | ね | て | せ | け | え | |
| I | ろ | D | も | ほ | の | と | そ | こ | お |
(問一) 図中のB・C・E・Iに入るべき文字をそれぞれ書きなさい。
(問二) 五十音図の文字には、二とおりに発音される文字が二つあります。その二つを書きなさい。
(問三) 五十音図の各行の文字のそれぞれに「る」を付けると、動作を表す言葉(「動詞」という)ができますが、「る」を付けても動作を表す言葉が一つもできない行は何行かを答えなさい。ただし、「ん」は除きます。
(問四) 五十音図の「あ行」以外のどれか一文字に「る」を付けてできる、動作を表す言葉のうちで、漢字で二とおりに書けるものを、例にならって二組書きなさい。 例練る・寝る
(問五) 五十音図の「あ行」の五文字それぞれに「る」を付けた場合、動作を表す言葉が五つできます。それぞれを〈漢字+る〉の形で書きなさい。ただし、同一漢字は二度用いないことにします。
(問六) 五十音図の文字のうち、共通語としては、文の始めに使われない文字をあるだけ書きなさい。
(98年灘中)
<解答>
「何で、『五十音』を…」という声が聞こえてきそうですが、小学校における現状はと言いますと……。子供達に聞いたところ、小学校において「五十音」に取り組む先生と取り組まない先生がいるそうです。子供達から返ってきたそんな信じられない言葉に、唖然とさせられたことが思い出されます。そんな現状を反映しての出題なのかも知れません。
「五十音」は、辞書を引く際の前提ともなり、当然のごとく、指導すべき事項に入っているものとばかり思っていましたが、そうではないという現状があるということは知っているべきであろうと考えます。子供達のために。
問一 B ゆ C え E わ I を
問二 は ・ へ
問三 ら行
問四 (着る・切る) (経る・減る)等
問五 在る ・ 射る ・ 売る ・ 得る ・ 折る等
問六 を ・ ん